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発行元:NPO法人日本エニアグラム学会   2013年7月21日 vol.385

エ二アグラム《自分探しの旅》
~~自己成長とコミュニケーションのための人間学~~

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誰もこだわってはいないが、本人だけは大切にしたい。
現場の状況を知りたい、筋を通さなければ落ち着かない。
頑固者だと自らわかっている。そんなことばかりではない。
殺されたゴキブリに手を合わせる男性。本気かユーモアか。

世の中が暗闇に見える日もあるが、自然界で生き延びる
鳥や虫はルールをわきまえているではないか。
「自己満足」のために動いていると職場で教えられてハッとする。
視野を広げる人たちの日々。

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■目次■
●エニアグラム日記 タイプ1「自己満足」●
●         タイプ1「闇と光」 ●
○編集後記      ○

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「自己満足」

★7月4日(木)★

私は、医療関係の職場で仕事をしています。

上司が会議不在中、突然、ある部署から緊急入院した患者の治療に関する看
護相談依頼の連絡が入った。急を要するため上司間ですでに調整済みの案件
であったらしい。

しかし、上司から業務調整をしたという話は、全く聞いていなかった。

通常の看護相談依頼を受ける流れでスタッフが調整を進めていると診療部
門間の軋轢が発生しそうな状況が見えてきた。診察依頼として医師を介する
対応の必要性が浮かびあがった。

私は、関連部署に連絡をとり、状況確認をしてとりあえず筋道を通し、困っ
ている部署のためにスタッフを調整派遣しようとした時に・・・。

医師を通していない要請を阻止しようと迫ってくる医師がやって来た。

その医師に「部門間の軋轢がある状況は理解しているが、依頼部署に確認
するとその部署と私の上司間で調整された実務として看護相談要請なので看
護師が対応します」と説明し、憤る医師を横にスタッフを依頼部署に向かわ
せた。

私は、引き下がらない医師に対して上司が帰ってくるまで看護相談に関し
ては、医師を介さず看護師が行動できる権限がある事。独自に横断的な支援
調整を行う役割や手順がある事について理解してもらおうと説明をしたが全
く納得は得られなかった。

そうこうしているうちに上司が戻り、問答が始まった。最終的にその場は、
上司が収めたが・・・。

その後、上司から「要請があったら何ですぐ応じなかったの。こんなにお
おごとにして・・・あなたがあっちこっちに問い合わせをした結果、他部署
の上司に何て言われているか分ってるの。上司同士で調整した事に問い合わ
せがきたり、本来は・・・とかこの事に関して状況を確認する必要があった
の」と叱咤された。

私は、「上司から他部署からの看護相談を調整したと一言、聞いていたら
問い合わせや状況確認はしなかった。言ってもらわないと困る。

他部署をフォローするのは、お互い様だから派遣する方向で行動はとって
いたと伝えると上司から「色々もっともらしい事を言うけど、あなたのとっ
た行動は、自分が状況把握するための自己満足な行動で相手に対しても納得
が得られなかったと言ってるけどあなたは、説得してたんじゃないの」とい
う厳しい声が返ってきた。

私は、上司が放った“自己満足”という言葉にハッとした。私は、納得が
得られないと行動変容できない頑固者。そのため、私は無意識に相手の“納
得”を得ようとしてしまう。

“あなたは、説得をしてたんじゃないの”という上司の一言は、私の心を
貫いた。私は、相手の納得ではなく、自分の納得を得るために相手を説得し
ている自分の姿を知らされ愕然とした。

私が他者や周りの人々のために良かれとしてとっている行動そのものが自
己満足(相手の理解や納得を得ながら物事を進めたいという思い)であり、
相手のためと思い込み無意識に実践している自分の自己満足行動を再確認さ
せられた。

一生懸命になればなるほど、周りとの不協和音を自ら生み出し、撒き散ら
している。こうして自己中心的な自分の存在を確認しつつも心の中では、
“何で分ってくれないの・・・自分ではなく周りの人の事を思って何が起こっ
ているのか情報収集している事が自己満足なのか・・・そんな行動は不要と
言われてしまうのはやりきれない・・・”と呟きが止まらない。

私は、純粋に状況判断するための筋道を確認してただけなのに、理解して
もらえない葛藤、憤りを封じ込めながら私のために言いたくないネガティブ
な側面を単刀直入にアドバイスしてくれた上司の愛情に感謝した。

私が周りから理解されないと感じている部分は、こんな独りよがりな他者
への思いやり(=自己満足)に理由ありという事を考えさせられた。

台風のような嵐が心を吹き荒れ、封じ込めた葛藤・憤りの感情を静かに心
の嵐の中で相殺させた。台風一過が過ぎ去ったあとの澄んだ晴天の空のよう
な心で自分を客観視する心の奥行を育てる事ができたとっても疲れた一日で
した。

(つくし)

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「闇と光」

★6月16日(日)★

今日はあるカルチャースクールに出かける日だ。長年出続けているが毎回
同じようなメンバーと顔を合わせ、同じような議論をするのだが、出れば何
かと新しい発見や、これまでの自分の考えの裏付けを取れるという意味で私
にとっては大変有効なスクールだ。

しかし私は気が重い。

はっきり言うが、私は出無精だ。できればなるべく家にいたいのだ。

何故そう思うかというと、外へ出ればそこはもう無法者が跋扈する世の中
だからである。家を出れば必ずと言って良いくらい、前をろくに見ずに携帯
を見ながら歩くいい大人に出会う。または狭い歩道をふさいで歩くカップル
づれ、あるいは車が走る路地へまずベビーカーから先に飛び出してくる母親
等々。

随分昔の唄に「何から何まで真っ暗闇よ。筋の通らぬことばかり」という
文句があったが、この唄がはやったころから何十年たった今でも人は何も変
わらない。その当時、親だった世代は子供に何を教えたのだろう。そしてそ
の子供たちは何を教わって世に出ているのだろう。

今はまさに梅雨時である。ただでさえ鬱陶しい陽気だからなおさら理不尽
ともいうべき世の中のおかしなところが目についてかなわない。

こんな時、私はあるものが恋しくなる。それは太陽の光である。

陽光は私の汚れた心を、あるいはどこか悪くなっている身体を修復してく
れそうな気がしてならない。じりじりと焼け付くような太陽の光はあと一カ
月もすればやってくる。それが待ち遠しい。

青く澄み渡った空を眺めつつ、体中に力を蓄えるかのように日向を闊歩す
れば、決して世の中は「真っ暗闇」などではなく、美しい緑や健気に生きる
鳥や虫たちに出会える。すれ違う人たちの中にもきちんと礼節やルールをわ
きまえて行動する人たちにもいくらでもいるのである。

そうだ。人の世は闇があるかからこそ、光もまたあるのである。

そんなことを考えつつ空を見上げて歩く私はまっすぐ前を見ずに歩いてい
るのだから、それは携帯を見ながら歩く輩と同じである。だからこれから空
を見上げる時は必ず立ち止まってからにすることにしよう。

今日の反省である。

★6月20日(木)★

今日我が家にゴキブリが出た。今年初めて見た。今、歯を磨いている私の
目の前にそれがいる。

実に立派な体躯である。もしかしたら我家の食い物が良質であることの証
明だろうか。とにかくいかにも汚らしい平べったい種ではなく、6本の足は
力強く身を支えており、たくましささえ感じる。そして自分の言わば本当の
「目」でもある触角を丁寧に手入れしているのである。

「ゴキブリは汚い所に生息しているだけで、それ自体はむしろきれい好きで、
清潔なのだ」と高校時代の生物の先生が言ったときには大いに感動した。そ
して今でもその教えは記憶として残っているのである。

しかし、私の家内は私のようには決して考えないし、感動もしない。即座
に私にそれの始末を要求する。

こんな時、私はいつも困るのである。生物は限りある命を持っている。
「天寿を全うする」ことこそ、生物が神から与えられた責務なのだ。捕食以
外の理由で命を奪うことは「悪」である。私はしたくない。

こいつは私たちの目の前に現れさえしなければ、生命の危機に合わずに済
んだのである。たまたまの偶然によって今やこのたくましいゴキブリの生命
は私の手に握られた新聞紙の束によって風前の灯なのである。

私は彼に(あるいは彼女に)心の中でささやいた。「わざと空振りするか
ら逃げろ。そしてもう姿を現すな」と。

想いは通じるものである。私は新聞紙を振りかぶった瞬間にそいつはレン
ジの隙間に入り込み、事なきを得たのである。だが…。

家内の執念はおそろしい。その隙間に向かって殺虫剤を投入する。私はそ
の姿に「もういい、もうその辺にしておけ」と心の中で叫んだ。それはこん
なことになるならひと思いに殺してしまえばよかったという後悔である。

いまそれは苦しみにのたうちまわっているであろう。同じ死ぬのなら苦し
みのないようにと願うのは、人間であれ虫であれ「生命」に対する共通な思
いであると私は確信する。

全ては私の情けが仇となった結果である。私は黙って手を合わせ、目を閉
じた。それしかできなかった。あまねく人も生物である以上他の生物を殺し
ながら生きている。まさに「業」であると考えた。

冥福を祈る。

(いかり べしお)

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(編集後記)

いかり べしお さんは、今回からです。

いかりさんのタイプである 1の方は、日本エニアグラム学会のページで、
以下のように紹介されています。

「・・・ 物事は必ずしもあるべき姿ではないので、よく憤慨します。・・・」

いろいろなことに「いかり」、こうある「べし」と思うことが多いのでしょ
うか・・・。

今後も楽しみです。

(本永)

★エニアグラム日記の次号は、タイプ2。 8月18日配信予定です★

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